現代社会は、競争社会になっています。
この競争社会は、全体的に見て、多くの人々の力を引き出す、という面を持っているので、その点では良いものだと思われています。
個人の人々にとっては、競争社会の中で生きていると、傷ついたり、挫折を感じたり、不安になったり、不幸感覚になったりすることも、数多く起きているような気がします。
今の社会では、他人の悪口や、批判、中傷などで、笑いをとったり、高い人気を集めていたりして、言葉と行動の乱れを、ユーモアとかカッコイイことだと、思っている風潮もあるようです。
しかし見ていると、いつも悪口を言っている人は、少なくとも幸せではないように、感じられます。
幸福感に満ちている人は、人の悪口を言い続けることはなく、やはり悪口を言い続ける人は、自分が幸福でないことの、証明をしていることになっていると思います。
幸福でないから悪口を言い、さらに悪口を言い続けて、不幸感覚が増してしまうという、悪循環に陥ってしまいがちです。
自分のことを、褒めてくれる人とは、友達になりたいでしょうけど、会うと悪口を言われるのであれば、その人と仲の良い友達でいることは、難しいことですよね。
また、不幸感覚の原因として、自分と他人と比較するところにあり、自分が上手くいってない時に、上手くいっている人を、妬ましく思う時があり、苦しみを作ったりしまいがちです。
その苦しみを、和らげていくためには、広い心で人を理解したり、人々との調和していく心が、必要になってきます。
それが、祝福の心です。
嫉妬というものは、努力無しで、ひとりでにできるものです。
それとは別に、祝福の心は、人から教わるか、自分で学ぶか、そうしようと思わないと、できないものでもあります。
キリスト教でも、人を祝福することを、一つの教えとしていますが、祝福する考えは、幸福になるために、大切な考え方だと思います。
嫉妬のおもいを、祝福のおもいを持つようにと、考えを切り替え、心の成長の一部なのだと、受け止めることで、心の波立は鎮まり、苦しみから解放され、心の中に静かな平和を見出すことが、できるのではないでしょうか。
苦しみから、解放してくれるのは、祝福の心であり、それは、自分の心を調和させることにもなりますし、相手に対しても、祝福の念波が通じ、お互いが歩み寄れることができることでしょう。
祝福すると、映し鏡のように、自分にも祝福が返ってきて、人間関係が良好になり、まさに幸福になる方法であります。
祝福の心で、自分自身の内なる平和へと至る道を歩みながら、幸せな人生を送っていただきたいと願っております。